問題をとらえる戦略眼とは

問題のとらえかたは人によって様々です。私などは、問題を連鎖的に見ます。

いろいろなところで既に書いているので、またかと思われるかたもいるかと思いますが、私はビー玉の詰まったビニール袋のように物事を見る。そして、そのなかに一つ黄金のビー玉がある。それが問題ということです。

それで、この黄金のビー玉をどうやって動かすかというと、まわりからじわじわ攻める。直接攻めることはあまりない。その方が効果がある場合が多いのです。これを『伝動戦略』と呼んでいます。

ただ、その戦略を実行するにしても、ひとつの急所みたいなものがあるような気がするのです。

決定的なところがあって、それをクリアするとうまくまわりだす、みたいなことですね。

自動車の板金について聞いたことがありますが、事故でへこんだ鉄板を正すには、ある1カ所を叩くと突然直るのだそうです。そういう急所があるらしい。

物事には、なんでも急所というものがあるような気がするのです。急所をはずしたらいくらほかのところで努力をしても、まるで効果をあげないのではないか。

私はそんな物の見方が好きなんです。これに対して、もっと別な見方をする人もおります。

たとえば、問題の処方箋を並べて、全部やっていこうとする方法。

ただし、この方法は下手をするとあれもこれもやり、最後は全然メリハリが効かないものになることがありそうです。

そういうアプローチは役所に多い。仕事柄そうならざるをえないのかもしれませんが。

しかし、これはお役所に勤める人たちの感受性(性格、価値観)とも密接に関係すると思いますよ。誰からも愛されようとするのが、役所の特性ですから。こういうのを2種体癖と呼びます。

役所の中期計画などを見ると、各担当部署の方針みたいなのがずらっと並んでいる。ところが、全体では何をしたいのかが、私にはさっぱり見えてこない。

骨太の方針だってそうでした。ああいうのを「ホチキス白書」と呼ぶんだそうです。いろんな部局の意見をまとめただけということです。

そこには戦略眼が感じられない。全体として何を目指すかということがわかりません。

戦略というのは、ある目標があって、それをどうやって達成するか、ということです。

それを担当者ごとに並行に展開して実施していくという。まあ、そういう方法もあるのかもしれませんが、私はシナリオのようなものがないといけないと思っています。

菅政権の「経済成長戦略」もやはり各省の「ホチキス」という感は禁じ得ない。

全体として何を目指すのかがわからない。対処療法にしか感じられない。

何が社会の急所かを政治が感じ取り、それに向かってどういう方策でやっていくのかがはっきり見えない限り、みんなが安心することはないかもしれませんね。

もっとも、こういう発想を全然とれない人もおります。そういう人はひたすらガムシャラに当面の問題を叩いていこうとする。こういうタイプは、そこに敵がいればもっといい。敵をたたくことが、問題を解決する道だと考えるタイプですね。捻れ型です。

計算上手もおります。どうやれば効率的に物事が進むかだけを考えるタイプ。アメリカの経営者にはそれが多い。そこで、金をかけずに儲かるように考える。いま儲かるものしか売ろうとしない。先のことは考えない。研究開発なんか考えない。GMの姿がそこにあります。

ちょっと前の日本の総理大臣がそうでした。構造改革と呼んで効率ばかり追求した結果、弱者や地方がどんどん疲弊してしまった。こういうのは5種の低級な人。5種でも上等の人はこんな間違いはしません。

あとは数字を戦略目標と勘違いしてしまう経営者。経営目標数値は経営戦略目標とは違います。数字には人間を鼓舞する力はありません。感動や情動を引き起こすもとになるイメージがわかないからです。低級な上下型的な人です。

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