説得の手段としての暗示活用

以前、朝日新聞の『三谷幸喜のありふれた生活』というコラムに載っていたもののなかで、たいへん感心したものがありました。

それで、私は拙著『リーダー感覚』にこれを引用させていただきました。こんな内容です。

ある日、聡美さんが家で台詞の稽古をしておりました。そのうち三谷さんは「おや」と思った。

彼女の台詞に「異名」というのがあって、彼女はそれを「イメイ」と読んでいたのです。間違いではありませんが、一般には「イミョウ」と読む方が多い。ちなみに異名とは通称とか俗称のこと。

聡美さんはたいへん負けず嫌いのかたで、三谷さんが演技についてダメだしするのをすごく嫌うらしい。しかし、三谷さんは一応教えてあげました。

すると、案の定、聡美さんは顔色をサッと変えて、辞書をもちだしてきて「イメイ」でもいいんだと主張する。

それを聞いた三谷さんは「イメイでもいいが」と言いながらつづけました。

「一般には『イミョウ』と読む人が多いから、終演後にベテラン俳優が楽屋にたずねてきて、あれは『イミョウ』だと指摘するだろう。ベテランは何かひと言言いたいといつも思っているからね。面倒なことになると思うよ。一度覚えちゃうとなかなか直せないから、今のうちに『イミョウ』にしておいた方がいいんじゃないかな」

最期に「でも、最終的には自分の好きにした方がいいよ」と三谷さんは言いました。

なかなか、うまい説得です。

話をきいてもすぐには反論しない。説得を始める場合には、相手の道理に基づいた、もっと有力な説得の道理を示してあげる――このところが、説得のキーです。相手にとっての道理を示すことです。

いまのケースですと、「イメイ」のままにしておくとベテラン俳優にぐちゃぐちゃ言われるぞ、いまのうちに直しておく方が得だぞ、ということです。

役者には、たぶん口うるさい先輩が大勢いるのでしょう。

三谷さんの言葉によって、先輩たちにいたぶられている自分の姿が聡美さんの脳裡に浮かぶのでしょうね。

ですから、これ自体が、実は強烈な暗示になっています。

私が言うリーダーの暗示というのは、相手にイメージを与えることで行動を変化させることです。人間行動においては、この自然に浮かぶイメージ、これを観念と呼びますが、これが行動を支配します。

ですから、説得において、このイメージ喚起、つまり暗示を使うのはとても効果があります。

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